今週の書写(4/12)
2017年4月12日
明治期の小倉には「伝便(でんびん)」という走り使いの仕事があったそうだ。辻辻に立って手紙や荷物を運ぶのを請け負い、鈴を鳴らしながら届ける。静かな雪の夜は「伝便の鈴の音がちりん、ちりん、ちりんと急調に聞(きこ)えるのである」と、森鴎外が小説『独身』で書いている▼郵便と違って、その日のうちに届くのが便利だったようだ。時は流れて、品物を注文し、当日の夕方に受け取れるのが当たり前になりつつある現代である▼もっとも伝便の昔と異なり、便利さがどう支えられているのかが見えにくい時代かもしれない。インターネット通販のあまりの普及にヤマト運輸の現場が疲弊しているという報道に触れ、日々のスマホでの買い物を振り返った▼ヤマトの労組は春闘で、運ぶ荷物の量を抑えてほしいと求めており、会社側も協議に応じるという。賃上げでなく荷物減らしの異例の要求である。人手不足も背景にあるようで「このままいくと日本の物流はパンクしかねない」との労組関係者の言葉が重い▼ネット依存社会はすなわち物流への依存を強める社会である。折しも「明日来る」が社名の由来である通販会社アスクルの物流倉庫で火災が起きた。消火に手間取ったのは、窓の少ない巨大倉庫ゆえである。ここに限らず、工場跡地から物流拠点への転換がじわじわと進んでいる▼便利さを求めるとき、それに見合うだけのコストを払っているのかも考えてみたい。どこかで誰かに無理をかけるような仕組みは、いずれ行き詰まる。